夏生恒

2008年7月22日 (火)

お医者さま 唇をどうぞ♥

最近、ちょっと悩んでいることがあります。というのも、読者がとんと増えず、「あえぎ声」だの「家庭教師 セックス」だのといった検索ワードでこの blog を引っかけた訪問者がやってきては去っていくんです。そんな単語で検索してんじゃねーよ! 中には「JOJO 広重」や「diablo2」といった検索をかけて飛んできた人もいましたが。すみません、ホント。
しかも、私にデジカメ貸してくれてる友人が、夏休みだから返せと云ってきまして、なんと 7 月末にデジカメが没収されてしまいます。せっかく「よし更新は毎週、火・金にしよう」と決めたのに、Let's パステル、早々と更新の危機です。「まとめて今のうちに撮っときゃいーじゃん」と気楽な提案を頂きましたが、そんな一気にいくつも書くネタ決まるわけないだろ!! あー困った。

と、解決策が思い浮かばない儘に本題に入ります。
今回は、前回ちょろっとだけ名前を出した夏生恒(なつおこう)先生の「お医者さま(ドクター)唇をどうぞ♥」。2008 年 2 月号掲載。ちょっと凝ったタイトルのようでいて、何がどう凝ってるのかさっぱりわからない素適なタイトルがイカすぅ!
以前、2008 年 3 月号はあたりが多かったと書きましたが、この 2 月号もあたりの多かった号で、マンガ全体を紹介するほどではないレベルの作品に、名言が散りばめられまくってます。非常に困ります(夏生先生以外のものでは、めぐみけい先生のものとマソソン先生のものが秀逸でしたので、これはまた後日、紹介させていただきます)。
せっかくなんで、いくつか抜粋で紹介しておきましょう。

  • 「…おまえは百面相がおもしれぇから面倒ではねえな」 in 青井はな「明るい家族計画」
  • 「完全降伏幸福ですから」 in 米谷たかね「完全コウフク」
  • 「セックスって不思議だな…」 in 田中琳「旋律の魔術師 ~Eternal Sky~」(なんと最終回)
  • 「What will be, will be. (なんとかなるさ!)」 in ゆめみきらら「Love Sickness」(※英語が得意でない人への註
  • 「繋がりてぇ」 in 小田三月「Secret Shelter」

ぎえー! 今こうやって列挙しただけでも恥ずかしくて死にたくなるものばかりですね。ううう、パステル畏るべし。百面相がおもろいだのセックスが不思議だのつながりたいだの、マジ勘弁してほしいです。そんなこと云われたら悶絶しちゃいますよ!

閑話休題。夏生先生の作品について紹介しなくてはならんのでした。ついつい要らぬところで盛り上がってしまったことをお許しください。

さて、夏生先生といえばパステル随一の大御所(ホームページビルダーあたりで作ってそうなださいロゴ満載の公式サイトを見てもらえばわかりますが、単行本めちゃめちゃ出てます──パステル以外でもたくさん描いてるあたりが大御所)。本来なら昨年のけっこうな長期連載「ちとせ咲く花の浪漫(ロマンス)」を紹介した方がいいのかもしれませんが、いかんせん、こいつはちょっと長すぎます。全 3 回ぐらいなら、まあ、がんばって紹介できなくもないのですが、最後まで読み通してもらうのが不可能ってぐらい長くなりそうなんで(てか、単につまんないので)。単行本でてますから、気になる人は買ってください。

で、今回の「お医者さま(ドクター)唇をどうぞ♥」ですが、これ先にネタをばらしてしまいます。えー、記憶喪失になった主人公(病院の事務員)に対して、主治医が「きみの恋人の僕が治してあげるからね!」と云ってデートなどを重ねるんですが、なんとこれが記憶喪失につけ込んだなりすましだったという、かなりひどい話です。

同じネタを扱ったマンガに、私の大好きな喜国雅彦による「日本一思い出してほしくない男」(『日本一の男の魂』第 7 巻収録)というのがあります。片思いしてた女の子が記憶喪失になったのにつけこんで部屋に連れ込み、セックスに持ち込もうとするも、「でも、だったらどうして、あなたの名前が日記に一度も登場しないの? 一番多く登場してるのヒロくんて人よ。」とつっこまれ、「NISHIYAMA RYUZO で HIRO じゃないか」と返したり、「じゃ、どうしてあなたとのプリクラが一枚もないの? でもって一番多く写ってて、ロン毛でカッコよくてときどきキスなんかしているこの人はいったい誰なの? ヒロくんてなってるけど。」とつっこまれ、「そ、それは、そいつは…」「俺だ。」と坊主頭のくせに平気で返したりする抱腹絶倒のギャグマンガなのですが、同じ設定ながら、夏生先生のマンガに出てくる主人公は、こんなリアルなつっこみは一切しません(そりゃそうだ)。

Kikuni1
ちなみに、これがヒロくんになりすます男。

さて、では夏生先生のマンガを詳しく見ていきましょう。

まず主人公の上田美々(うえだみみ)についてですが、私が言葉を費やすより、本人の言葉を借りましょう。

Doctor1
「私が事務員をしていたそうなこの田代総合病院の階段から落ちて記憶喪失に陥って 2 週間」。
していたそうな? なかなか古風な言葉をお使いになる御仁ですね。むかしむかし、私はこの病院で事務員をしていたそうな…とか、そんな感じでしょうか。記憶喪失だから自分のことでも超他人事みたいに思えてしまう、という心情がこれでもかと云わんばかりに描写されてます。開始 2 ページ目から背筋にひりひり来すぎです。顎から胸までめっちゃ距離あるな、とか全く気になりません。

そして、そんな美々は「記憶をなくしてからの 2 週間、診察のたびにデートに誘われます」。担当の滝川とかいう先生、やりたい放題です。これぞ職権濫用! 辞書を編纂することになったら、このページを切り取って「職権濫用」という項に貼りつけておきたいぐらいです。いくら「記憶喪失になるまえ僕たちは恋人同士だったんだよ」と云われたって、ちょっと無茶じゃないかと(てか診察のたびごとじゃなくて普通に誘ったらええやん)。しかも、付き合ってたとか実は嘘ですからね。麻酔で寝てる患者をレイプするのと大差ないです。

が、しかし飯を喰いながらこんな場面だってあります。

Doctor2
「うひゃートキメイちゃった! 私…彼のこと大好きだったのかな…っっ」
嬢ちゃん、あんた、騙されてるぜ…。

そんなところへサブキャラの登場です。名前は田代。つい最近、出所したあの人とはなんの関係もありませんが、なにやら美々と知り合いだった様子。しかし、ここでは特にこれといった会話もなく去っていきます。
美々が「うん、ちょっとステキな男性だったわね」と思っていると、そこへ現れた滝川先生。「まさかっっ、どこか痛いとこでもっっ!?」と焦る滝川医師に対して、「いいえあの、もし時間があったら今日一緒にお食事とかどうかな…って」と、トキメイちゃった美々ちゃんはお誘いをかけます。

で、その夜。食事の席で滝川先生、「いやー嬉しいな、きみから誘ってもらえるなんて」と、おもっくそボロ出してます。さすがにここは「? そんなにめずらしいことなんですか?」とつっこまれ、顔を真っ赤にして否定する羽目になるのですが、話題が田代に移ったので難を逃れます。
しかし、ちょっと田代の名を出しただけで滝川先生えっらい不機嫌な顔に。あの温厚な滝川先生が一体なぜ? いや、滝川先生のしてることはマーシーよりずっとひどいと思いますが。

と、謎が解決しない儘に急患で呼び出されます。そんでもって「不謹慎かもしれないけど仕事してる先生ってステキ…」とかってますます恋心を深めるだけ。

お次はいよいよデートです。せっかくオシャレしてきたのに釣り堀に連れて行かれ、「俺の服、めっちゃ浮いてるやん」と思う美々(もちろんこんな口調じゃありませんよ、ホントは)。しかし、釣れ始めると大喜び。

Doctor3
「きゃーーー♥ また釣れたー♥ 私ってば才能あるのかしらーー♥」「先生! すごい? すごい?」と、完全にブリッコ
いや、私ブリッコ好きなんで、あんまり偉そうなことは云えないんですけどね、でも、まあ、ね、その、なんというか…。

もちろん、ここでも惚れ込みポイントが用意されてます。恋愛を加速するエピソードって大切ですからね! この釣り堀での惚れ込みポイントは、いきなり脈絡なく自分がここへ来る理由を語り出す滝川医師の独白です。「ここへは考え事をしないためにときどき来るんだ」「神経内科の医師もね、けっこうストレスたまるんだよ」

Doctor4
「袋小路に入り込むことがあるんだ…」
あ、あれ? この絵、どこかで…。

はっ、ま、まさか!?!?
Kaiji01

げええーっ。な、なんと…。
ここまで、夏生先生の描くキャラが皆もっている不自然なほどに鋭く尖ったアゴについては触れずに来ましたが、それはこれが何を意識しているのか謎だったからです。しかし、このコマでついに明らかになりました。なななんと、夏生先生は、少女マンガ界(?)での福本伸行を目指していたのです!!! もう間違いない。

福本先生による、顔の正面図も挙げておきましょう。

Kaiji03
うう、や、やはりクリソツ…。いや、夏生先生のほうがよりシャープか? やはりその辺、読者層を意識してのデフォルメに違いない。さすがパステル一の大御所、夏生先生。目指してるものが違うぜー。
こうなると、夏生マンガの特徴である「っっ」という科白の端々に見られる表現も、福本伸行を意識したものであることがおわかりいただけると思います。う~む深い、深いぜ。やっぱり人間の業とかを描いていくんですかね。

あっっ、衝撃の発見に気を取られ、ついつい話が逸れまくってしまいました。話を戻しましょう。なんでしたっけ?

そうそう、デートに行ったんでした。帰り道は前半の最高潮。「このまま記憶が戻らなくても、私、先生のこと好きになってもいい?」。告白キター。滝川医師もちょっと狼狽しつつ「…美々…それは告白だよ…? わかってる?」と問いかけます。「よく…わかってないかも…」と美々。「でも…恋人だったって聞いてそういう気持ちになってるんじゃないと思うんだけど」ということで、美々の気持ちを試すため、滝川医師は美々に CHU(当 Let's パステルではキスのことを、よほどのことがない限り一貫してこの表記で行うことにします)。

翌日、仕合わせいっぱいの美々の前に再び現れた田代。「ところで最近、滝川先生と付き合ってるって本当?」「え…はい(最近…?)」と美々ちゃんが疑問を抱いた途端、「そうか…あいつきみの記憶喪失につけ込んだんだな…」という衝撃の事実が遂に明かされます。
真相を知った美々はもちろんガンギレ。「私…あなたと付き合ってなかったの? 恋人じゃなかったの?」「! お…思い出したの?」「本当なのね? 恋人だって言って…私のこと騙したのね?」「き…聞いてくれ美々ッ そうでもしなきゃきみは田代先生と…ッ」パンッ「卑怯者ッ」(中略)「ただ本当にそうでもしなきゃきみは僕のことなんて目に入れてくれなかったんだッ。自分でも…卑怯だってわかってる。だが田代先生をきみに近付けさせたくなかったッ」「恥知らず…ッ」とまあ、さんざんに罵ります。片仮名の「ッ」が極めて効果的。

失意の滝川医師の前に現れるのは田代。「今日はもう上がりですか?」「ええ、上田君と約束してるんです」「…あなたは妻帯者でしょう」「ほんの息ヌキですよ」といきなりやな感じの田代ですが、食事をしながら美々に「記憶喪失のほうはどう? 何か思い出せそうなの? 状況とか…」と訊き、「え、あ、ええ、3 階の中央階段で…」という言葉を聞くや、態度が豹変、「思い出したのか…? きみが…きみがいけないんだ。あんなことを言うから…きみのせいだ」とぶつぶつ青ざめた顔で云い始め、逃げる美々を追った挙げ句、階段から突き飛ばします。
えーっ。妻帯者のくせに息抜きするんじゃなかったんですか!?!? もっとムフフな展開を期待してたんですけど…。

階段から突き落とされ、頭を打った美々は総てを思い出します。誕生日に滝川医師からディナーに誘われても「正直言ってタイプじゃないの、おとなしくて真面目すぎるし」という理由で断っていたこと(本人には他に約束があるからって断ってましたが)、友人の看護婦が田代に孕まされた上、言い逃れようとした田代に業を煮やし、院長にちくろうとして階段から突き落とされたこと(田代は院長の娘と結婚してるんで、ちくられたら医師生命を絶たれます)。
総てを思い出した美々はこう思います。

Doctor5
「私ってなんておばかさんだったの…」「田代先生のことも滝川先生のことも見た目だけ見て中身を見てなかった」「ううん、見ようともしてなかったのよ」「私…おばかさんのままでいたくない」

内的独白だというのに(全裸なのはそのため)、ここでも「おばかさん」などとブリッコの態度を崩さない美々には驚嘆の念すら抱いてしまいますが、自分で云うほどバカじゃありませんよね? 友人の看護婦が孕まされたからって田代に詰め寄り、さらに埒があかないから院長に話を聞いてもらうしかないとまで云ってのけるんですよ?
しかも、その田代のことは、「どちらかっていうと田代先生のほうがタイプかな…」とか云ってたのに、友人がひどい目に遭わされたってんで、きっちり弾劾してるわけですよ。友だち甲斐のある、立派な人じゃないですか。
まあ、ホントにただのバカだったら、なんで滝川医師が惚れてんだっつー話にもなるわけですが、明らかにバカ丸出しの女に惚れる話だって世の中にはたくさんありますからねえ(例えば『タッチ』とか)。

しかし、そう考えると、「きみを田代先生に近付けたくなかった…」「彼は悪いウワサが多かったし…君が傷つくようなことをさせたくなかったんだ、でも…」とか云ってる滝川医師は最低ですよね。なんか「僕が取った手段は最低だった。許して欲しい」とか云ってますが、全然許せません。
だって、田代に近づかないってことは、孕まされた友人の問題を見て見ぬふりするってことですよ? 「田代なんかに近づくな! 友だちが孕んだとかどーでもいいじゃん!」とかそういうことですよ? マジ最低。記憶喪失につけ込んだのも最低ですが、とにかく好きだから田代に近づけない、そのためには他の女が不幸になろうと知ったこっちゃないぜって態度が終わってます。
よしんば友人の話を知らなかったとしても、「美々が田代に近づくのは顔がいいからに違いない!」って思ってるわけですよね? なんか理由があって田代に近づいてるとか思ってもみないわけですよね? それ、美々のこと完全にバカ扱いじゃないですか。どっちに転んでも最低な態度ですよ、ホント。

でも、そんなことは誰も思わないらしく、滝川医師と美々がめでたくくっついておしまい。なんだそりゃーーーー。
やっぱりパステルでカイジを実現するのは夏生先生のご威光を持ってしても無理ってことか。まあ、しょうがないですよね。しかし、男性キャラはみなろくでなし、よりによって一人の名前は田代だったりするあたり、福本伸行な臭いがぷんぷんします。見ようによっては、パステルの限界に挑戦する意欲作と云っても過言ではないかも(どう考えても云いすぎです)
さっすがだなあ、夏生先生。これからは少女マンガ界の福本伸行、いや、夏生“カイジ”恒先生と呼ばせていだだきます!

では、今回はこの辺で。また次回お会いいたしましょう。

註:もんのすごい揚げ足取りになってしまいますが、What will be, will be って文章はコンマの所為で意味不明になってます。文法的な解説はやめておきますが、これは will be をただ繰り返してるんじゃなくて、両方ないと意味が通じないのです。かっこつけで英語を使うのは恥ずかしい、ということですね。

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